【獣の骸】

河原はゴロゴロと丸石が転がり、沢沿いは所どころ凍っていて、渡渉時は緊張を伴ったが、その度に未知の地へと突き進む高揚感が私を鼓舞してくれた。右岸から左岸へ、また対岸へと凍った沢飛び石を飛び越えながら降っていった。途中で渡渉が出来ないところがあり、河岸の斜面を高巻きして(実際に沢登りをしたことがないので、本来の高巻きがどのようなものかは不明であるが、木の根や岩肌の突起を頼りに足元を確かめながらジリジリと谷の斜面をトラバースして難所を突破した)越えていった時の気持ちはすっかり探検家そのものであった。
道中、鹿?と思われる獣の骸が川床に転がっていた。立派な肋骨に太い背骨、また毛皮らしきものがまるで川の流れにはためいている様であった。どのような顛末でここに白骨として残っているのか。斜面で足を滑らして転がり落ちたのだろうか。そして死肉はクマなどの獣たちに喰われてしまったのであろうか。その物体はまるで私に自然の必然を突き付けているかのようで、今その眼前にある非日常的な状景はとてもリアリティに満ち溢れ、凄いところに入り込んでしまったという感慨に私は浸っていた。

しかし、そんな私の探検の終焉は呆気なかった。
それは困難な沢や滝、高巻きが行く手を阻んだのではない。ちょっとした油断で凍った丸石で足を滑らせ、着地時に膝を捻ってしまった。鈍い痛みが膝の側面に伝わり、靭帯を痛めたか…と思うのと同時に、こんなところで動けなくなったらまずい、という不安な気持ちに襲われた。幸いゆっくりと膝を動かして状態を確認してみると、まだ大きな痛みが出ていなかったため、ひとまずは大事ではないと判断した。時間的にももう少し先に進めるところではあったが、ここは速やかに撤退することにした。次第に痛みが出てこないかとドキドキしながら、再び飛び石や高巻きをこなして橋のある広場まで戻った。その後も膝はまずまずの状態で、日原林道と大ダワ林道の分岐を経て、2時間強の林道歩きをこなして東日原バス停まで帰った。
九死に一生を得るというにはお粗末な顛末であるが、あの場所で動けなくなった私は春先まで(早くて渓流釣りの解禁日ころまで?)誰にも見つけられる事も無く、冷たく静かにそこに転がっている無機質な物体となる。あの獣の骸と同じ様に。そう思うと、ちょっとした油断で最悪な事態になる可能性があった事は事実であり、自分の軽率な行動を擁護するわけではないが、今後の行動計画や行動時の挙動にとっては非常に勉強になる山行でもあったといえる。

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