山塊(奥多摩偏)2026-③

山塊

行動日時:2026.04.18-19.

 20:00 ゆらゆらと蠢くように揺れる熾火の暖かさが心地よい。ぼんやりと上空を眺めると、星屑の間を衛星が流れてゆく。奥多摩山塊の渓で、(自身)渾身の山行を思い返し、その充実感に浸っていた。

揺らめく燠を見つめ、夜は更ける

 事の始まりは2024年12月。なぜ奥多摩の、大雲取谷を遡行しようと考えたのかは覚えていないが、漠然と既存の登山道を歩き、山頂を目指すという行為に違和感を抱いていたのではないかと思う。

 とは言え、長く登山をしてきた訳でもなく、近場の高尾山周辺、奥多摩周辺を2023年から歩いてきた程度であるのだが…

自然と真摯(フェア)に対峙する、という思想が私の中にどのようにして芽生えてきたのか。 

 それを考えるとき、服部文祥さんや角幡唯介さんの著書を読み深めるなかで、著者やそこに登場してくる先達の思考・思想に感化されたところが非常に大きいと感じる。

 人間が自然の中で生きてきた本来の姿は、現代社会(システム)の中ではとても不快であり、非効率であると考える。コスパ(効率)の高い生活を求めて経済を発展させてきたのだから、それは仕方がない。一生懸命働き、賃金を得て、すこしでも生活水準を高め、快適な社会(生活)を手に入れてきた我々は、代わりに自然との関わりを少しずつ隔絶してゆき、その中でさまざまな生きるための能力を失ってきたのではないだろうか…ザックリではあるが、そのように考えている。

 私は労働で社会貢献(発展)を促し、それで得た賃金で、生活(衣食住)に必要な物品を購入する社会の仕組みを受け入れている。即ち分業(第1次産業~第3次産業までは外部委託)することで快適で効率よく幸せな生活を送っているのである。

 現代社会で生活(衣食住)を送るのであれば、それで良いのではないかと思うが、そのような環境を当然の如く受け入れ、何の疑いもなく生きている事に少し疑問を感じているのも確かである。生きるプロセスに対する無自覚の対価といったところであろうか。賛否はあると思うが、私たちの生活基盤は少し行き過ぎてしまったのではないか、と私は感じるのである。

 日中は山を歩いて、沢で魚を釣り、日が暮れれば焚き火を熾し、魚で腹を満たして、渓間で寝る。陽が昇れば、またその続きが始まるだけである。それは人が生きる上での本質的な行為であり、僅かであったとしても、それらを実践して私は生きている実感を得たかったのだと思う。(多分)

社会の仕組みというものから離れ、少し苦労してでも、自分の身体感覚と思考を活かして行動し、普段手放してしまっている生きるための能力やそのプロセスを体感したかった。私を満たしていた充実感には、そんな他愛ない想いが含まれていたのだろう。

生きる山塊(2026)

昼過ぎの奥多摩駅はのんびりとした賑わいである

 12:30 いつもより遅く奥多摩駅に到着し、登山届を提出、13:10東日原バス停に到着、身支度をすませると富田新道登山口まで、いつもの林道歩きである。この日はラジオを持参していたのでFM放送を聞きながら歩いたが、これはちょっとズルであろうか。それは熊除け的な意味もあったりするが、ただの暇つぶしとも考えられる…ただ歩いている時の「物思いに耽る」という、そんな楽しみもこの文明の利器に搾取されている気がする。(スマホ弄りでないだけでも良しとしようか…)

禿山であった稲村岩も青々としてきた

 4月の奥多摩山塊は初めてである。都心では桜も咲き終わり、すっかり春めいている時期であるが、奥多摩はやっと若葉が山肌を覆い始めたところであろうか。新緑に萌える山塊はもう少し後の様に感じた。それでも雪解け後、気温も暖かくなり、所どころ支沢から小滝が流れ込み日原川の流れは活き活きをしている。渓流釣りもすでに解禁となっており、釣り人とすれ違ったりもする。もうあの冬の奥多摩山塊ではないことに心が躍った。

 15:10 唐松橋で沢装備を整え入渓。沢の水温が心地よく、春の訪れを再確認する。

 入口の滝の高巻きも大分慣れたが、今回は泊りの装備もあり背負っているザックがいつもより重いため、岩場のトラバースも慎重にこなした。(前回の積雪高巻きに比べれば大したことはなかった。)

写真右端(見切れた辺り)から高巻きするが、正面突破が正であろうか?

 15:30 予定通り夕暮れ前に幕営予定地の大雲取谷出会いに到着、タープを張って、荷物を解く。一息つく間もなく焚き火の準備に取り掛かる。薪となる流木は豊富にあり、それを鋸で長さを整えたり、焚き付け用の小枝などを集め、太さで分類する。これら渓でタープを張る際の手順や、焚き火の方法などは丸山剛さん、瀬端雄三さんの動画をみて覚えておいた。

燻る薪、予習通りのあっけない展開

 小枝を十分に用意し、順だって太い枝を乗せてゆく、着火剤はガムテープのみでしっかりと火を熾すことが出来たことに正直感激した。湯を沸かしチャイを淹れ、甘いビスケットを齧り、漸く小休止をする。

チャイの砂糖はザラメ(多め)がベターか(今回、三温糖で甘味が少なかった)

 ビリー缶に沢の水を汲んで、米を浸水させている間、少しだけテンカラで釣りを楽しんだがボウズであったため、夜の晩餐は白飯に用意したツナと塩昆布となった。

米の炊き加減は要勉強である。

 19:30 食後はする事も無く、焚き火のまえに横たわり、ただノンビリと揺らめく燠と星空を見上げていた。

暗く、静かな山に潜む一つの命

 楽しい事をするために長い道のりを歩き、寝床を作る。寒さを凌ぐ為に火を熾し、絶品ではない出来の米を炊き、おかずの魚も無くひもじい晩飯を食べる。そんなパッとしない一日であるかもしれないが、私はここ最近で感じることがないほどの充実感を得ることが出来た。

 自分から積極的に物事に首を突っ込み、その過程を楽しむこと、それが現代の生活の中で失ってしまったわれわれの根源的な能力なのではないか。

 日常生活は効率化が進み、快適なのは結構であるが、たくさんの楽しい事を手放していることを忘れないようにする必要があると、焚き火の暖かさに包まれながらぼんやりと考えていた。

 翌04:30起床 焚き火の跡処理を行い、身支度を整え撤収の準備開始。

 出発までのわずかな時間、出会いから大雲取谷方面へ遡行しながら竿を振ったが安定のボウズ、納竿。出会いに戻り、長沢谷を大ダワ林道登山口方面へ向け遡行。前回(2月)高巻きした小滝も、その水流脇の岩を直登し、快適で楽しい沢歩きをすることが出来た。

 07:15 大ダワ林道登山口を下降した地点、木橋に到着。

 09:30 東日原バス停に到着。

総括

 無事、初めての一泊二日の単独渓泊を終え、多々気付きがあった。

 準備していて良かったこと、具体的には焚き火の熾しかたであるが、火を熾すのがこんなにも洗練された作業であるとは目から鱗であった。山火事にならないような配慮や、自然に対するインパクトを軽減する意識など奥深い世界であると感じた。道具(装備)も揃えて挑んでいるため準備不足と感じる事は然程なかったと思うが、やはり生活の中の所作的な不具合とでも言おうか、強いて言うならば米を美味しく炊きたい(即ち炊けなかった…)と言ったところであろうか。これも予習は大事であるが、ゆとりを持った準備と対処で経験を重ねるしかないのではないかと考える。(次回に期待)

 そして気にもしていなかったこととの出合いや発見(危険)も勿論あった。具体的には、流木を鋸で切る時、面倒くさがって足で半分に折ろうとした。その瞬間、腕くらいの太さの流木が顔面に直撃し、危うく顎を割られる(笑)ところであった…。これは本当にびっくりしたのと、万が一が起これば生死に関わる事案でもあると感じた。

 自然(山)の中で生活する時に、一番注意をする事は不要な事故を起こさないための意識であると考える。常に何を大事に、優先するべきなのかしっかりと考えながら(思考を巡らせ)行動する事の大事さを改めて感じた次第である。

 次回この渓に訪れるときは初夏を迎え、苔むした新緑の山塊に姿を変え、また状況は変わってしまうこともあるだろう。しかし一つ一つの経験を付き重ね、より自然に近づき、今後も自分が楽しめるフィールドとして山と接していきたいと思う。

それにしても世間は熊の話題で持ちっきりである。単独行者として、準備(装備)として熊スプレー、熊鈴は必携かな…と言ったところでしょうか。

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