山塊(奥多摩偏)⑩

山塊

行動日時:2025.12.20.

 昨年(2024年12月)この地を訪れ以来、今回で奥多摩山塊の山行も6回目となった。これまでは奥多摩・高尾周辺で、山頂に到達する事を目的として山を歩いてきた。その目的の背景は体力維持や自然を体感するなど、いわばレジャー(余暇の遊び)の範疇である。しかし、とある山中での道迷いがきっかけで、人の手が入っていない「自然の山」を目の当たりにする事となり、本当の自然の山に入り込んでみたいと考えるようなった。その本当の自然の山の候補地として目を付けたのが、奥多摩の山塊であった。

すっかり冬の様相となった稲村山

 具体的には、東日原バス停から日原林道を富田新道登山口まで(約2時間)、登山道に入ってすぐの唐松橋で日原川支流の長沢谷へ入渓、大雲取谷を目指し、沢を遡行して最後は大ダワに詰め上がり、雲取山を経て下山するというルートで、一般的には大雲取谷の沢登りルートである。

 沢歩きは基本的には一般登山道ではなく、冒険・探検的な部分が高い。そしてそれは整備された登山道から外れた、いわば人の手が及んでいない、本当の自然の山であると考える。

長沢谷(唐松橋の入渓ポイント)

 大雲取谷のルートは沢登り、渓流釣りと、未開の地では全くなく、ルート図集やネットでもたた情報を得る事が出来る。しかし、それら情報を極力遮断し、自らの判断でその場の状況を乗り越えていく事が出来るのならば、それは自分にとってさぞかし貴重な体験となりえるであろう。

 つまり、スケールこそ小さいものの、私個人の中においては未知の世界(空間)へ入り込んでいくという冒険・探検性があり、また人間が造った環境をいかに排除し、自分の能力を総動員して自然と対峙することで、本当(野生)の自然が姿を現すのだと考える。そしてそこには我々の創造を超える美しくも、厳しい世界があるのだろう。

 また一年を通して同じ山にも入り込むことにより、山を見る目が大きく変わったことがある。それは山での季節の移ろい、そこで生きるもの全ての生命力を感じる事が出来た事である。同じ林道を、山肌を、渓を定点的に見ることで、山は生きているのだと肌で感じることが出来たと思う。ふと見る景色は、山の一部分でしかなく、長い目でその山を見続けないと見えない本当の山があるのだと考えるに至った。

 今回の山行は、2025年の総括的な(年末なので)ところと、2026年に向けての準備を兼ねて行った。この季節での沢歩きはどんなものなのか不安なところはあったが、沢装備を装着して入渓したところ問題はないと判断、冬の間も沢歩きは可能なのだと感じた。しかし時期的に焚き火は行えない事、結果夜の寒さが厳しいであろう事を考えると渓泊は春以降になり、この冬はそれまでの準備期間と考えるのが妥当であろう。

2026年は渓に泊まる

 幕営地は、長沢谷と大雲取谷の出合の河岸にある平地(ベースキャンプ)とする。ここはこのルートでの宿営適地の一つであろう地形をしていて、焚き火跡なども見受けられる。東日原バス停から富田新道登山口まで徒歩約2時間、富田新道登山口に入ってすぐの唐松橋(鉄橋)下から入渓、沢を遡行約30分でこの出会いへ到着する。つまり東京から奥多摩駅への到着時刻07:46、東日原バス停着が09:10頃、ベースキャンプへの到着が12:00前になる。後の行程を考えると、少し早いがここで幕営準備を済ませてから、夕方までの時間を釣りなどして渓を楽しむのがベストであろう。

 今回は渓泊用のタープを新調したので、ベースキャンプの下見、及び幕営練習を行うこと、また未遡行区間である大雲取谷の出合から昼飯渓までを遡行調査することが主目的であった。

大雲取谷との出合いでタープを設営

 ベースキャンプまでの道のりは前回までの山行で経験していたため、問題なく進むことが出来た。この経験の有無ということが、人の思考、そして行動に大きく作用しているということは間違いない。前回の唐松橋からベースキャンプまでの区間では、出発してから直ぐのヘツリ、その後の大きな高巻きがあり、そこを通過するのに少し時間が掛かった。しかし今回は(季節的に渇水気味であったのか)、ヘツリはせず沢を直進、高巻きのパートも前回通ったルートを辿るのみ、過去の経験がその難易度、不安(恐怖)を払い退け、30分も早くベースキャンプまで到着する事が出来た。この感じた渓の形状、距離、その時の心境などが、新たに自分の経験値を向上させ、心に少しばかりのゆとりを持たせる。そしてそのゆとりによる心構えがあるからこそ、自分の体外で起こる事態に注意を払い対峙することが出来るのであろう。

唐松橋から直ぐのところにある「入口の滝」

 渓泊でのタープの貼り方は、大山勝五さんのYouTubeを参考にし、メインロープ、張り紐のロープワークを事前に確認しておいた。インクノット、バッチマンの基本的なロープワークであるが、現地ではなかなか上手く機能させる事が出来なかった。今回バッチマンで使った細引きは、クライミングの時の若干太目(3㎜ほど)であったため、1㎜程度のしなやかなものを準備する必要がある。若干悪戦したものの、何とかタープの設営が完了し、その穏やかな渓相のなか昼飯を摂った。使用したタープは「モンベル L.W.タープ ワイド」で、横になっても十分スペースに余裕があり、雨が降ってきても快適に過ごすことが出来るのではと感じる。このベースキャンプで使われる河岸のスペースにもちょうど良く、来夏の渓泊が一層楽しみとなった。

モンベル L.W.タープ ワイド 十分なスペースで◎

再び未開の地に踏み出す

 ベースキャンプに1時間ほど滞在し、13:00過ぎに大雲取谷方面へ遡行を開始した。今回、このベースキャンプから昼飯渓までの未遡行区間の探査がもう一つの目的でもあった。結論から言えば、素晴らしい渓相のなか、かなり痺れるクライミングを強いられたものの、14:15無事昼飯渓に到着した。

大雲取谷に入ってから渓相が厳しくなってくる

 ベースキャンプまでの区間では見受けられない大きさの岩がゴロゴロと現れ、「この先、大丈夫なのだろうか…」という、先行き不透明による不安な気持ちとその未開の地に興奮する気持ちとが綯い交ぜになったその心境は、正に未開の地を切り拓くという行為を体現していたと思う。実際は、何度も何度も先を見ては、また困難そうなその形状をみて心が萎えていくのであったが…

ゴルジュ帯が増え、岩の大きさが大きくなる

 これを楽しみに(期待)して来ていたはずなのに、心の中ではジリジリと不安が勝って行き、弱音な言葉が脳裡を何度もよぎる。そしてその度にもう少し行くだけ行ってみようと心を奮い立たせる。何度も何度もその困難を乗り越えて行くという繰り返しの行為が、自分の精神を鍛え、先述の「人の思考、経験値」を向上させる。それは子供が自分の行動範囲(世界)を広げていくのと同じであると考える。昔の子供たちは家の裏の山を縦横無尽に駆け回り、少しずつ自分たちの(遊びの)陣地を広げていったのだろう。

 昼飯渓に到着し、無事にここまで辿り着いた安堵の気持ちと時間が押していることに少しばかりの焦りを感じながら、帰り支度を整え大ダワ林道登山口を目指し二軒小屋尾根を越えていった。

昼飯渓に到達し一息

 東日原バス停に到着したのは17:00前、いつもより1本後の17:30発のバスで奥多摩駅へ戻った。我が家への帰宅が20時半になってしまうが、冬季でもこの時間帯での行動が可能と判断できたこと、夏季は陽が伸びるのでもう少し行動に余裕が出るであろうと考える。そして沢装備(モンベルの沢足袋、ゲーター)を装着することで、12月の沢歩きも問題無かったということも大きな発見であった。出発前は低体温症で動けなくなるのではないか、などと不安な気持ちがあったが、そんな事は杞憂に過ぎなかった。(勿論不要な入水で衣類を濡らすことは時期的に危険であるが)

 いつも通りでないルートを探り、いつもより長く山にいる、いつもと違う時間のバスに乗り帰る。その行為が自分の経験を上書きし、新しい世界(本当の山)と新しい自分(自然界の自分)を生み出していると考え、今回もまた得るものが多い、有意義な山行であったと感じた。

 2026年も変わらず奥多摩の山塊を訪れるだろう。

 春の息吹、夏の活気、秋の実り、冬の静けさ、常に移り行く四季を感じながら、私もその山にいると感じられるように定点観察的山行を続けていくと思う。

コメント

タイトルとURLをコピーしました