【タイトル】羆吼ゆる山
【著者】今野 保
【出版社】ヤマケイ文庫(2024.11.01.発売)
サバイバル登山家 服部文祥さん著書の「you are what you read」の中で取り上げられていた「秘境釣行記」で私は初めて今野保さんという作家を知った。
早速、本書を近所の図書館から借りてきて読んだときは、その古めかしい語り口調で自然が豊かであった頃の昔ばなしを読んでいる、そんな印象であったことを今でも覚えている。そして余り興味を搔きたてられる事もなく、話の途中で返却の日がきてしまったと記憶している。
その頃、私は服部文祥さんのサバイバル登山というものにものすごく憧れを抱いていた時期であり、またそのサバイバルというものがギラギラと攻撃的(前衛的?)なものに感じられ、今野保さんの過ごした少年時代の素朴(と感じていた)な日高山脈での生活と数々のストーリーこそ「真のサバイバル生活」であることにピンとこなかったのが正直なところであった。そして借りたその本が朔風社刊のオリジナル本であり、その(図書館貸出本が故の)やつれ具合も古めかしさに拍車をかけていたのであろう。
その後、私は服部文祥さんの本を読み漁り、氏の登山(生活)のスタイルや、渓流釣り(山岳釣行)など、その行為の本質を知るようになり、また真似るように今までと違った山との向き合い方をするようになっていった。先述の秘境釣行記を手に取ってから2年余り、まだまだ上っ面ではあるが、私の中の自然に対する考え方や行動は、自分でも感じ取れるほどに大きく変化していったのである。
そんなおり、山と渓ch.というYouTubeチャンネルの企画で「今野保三部作」が面白いという、服部文祥さんと角幡雄介さんのお二方が今野保さんの三部作(秘境釣行記、羆吼ゆる山、アラシ)を推しまくる動画に出会った。最初は二人のトークが観られることと、二人のお勧め本が知れるということで動画を観ていたのであったが、途中から「秘境釣行記の話」に何となく聞き覚えがあることに気付き、その瞬間「あっ、あの時借りた本だ!」と当時の記憶がよみがえったのである。二人がものすごく面白いという「推しのバイアス」も勿論あった。が、この時は素直にこれはなんだか面白そうだ、また新たに山遊びの楽しみ方(ヒント)を得る事が出来そうだ、などと思ってしまったのである。これは単に二人のトークセンス(話術)に乗せられているだけでなく、この2年余りの間に自分が経験し、培ってきた山遊びと何か合点がいく、そんな腹落ちするような気持になれたのが大きな理由ではないかと、おこがましくも思ったのである。
そんな紆余曲折を経て、私は先ず「羆吼ゆる山」を手にした。(秘境釣行記が第一作目の様であったが、途中で頓挫した経緯もあり、またアラシは犬との物語で自分の生活で一番遠い感じがしたため、この羆吼ゆる山を選んだ)
登場人物に、それぞれ多彩な物語がある
日高の木炭山で働く父と、当時まだ小学二年生の保が山で初めて熊に遭遇する回想から物語ははじまり、その大自然の中に暮らす生活模様が、いかに人々が野生の動植物と共存していたかを鮮明な描写で語られている。
それは茸採りに出かけた時の山の状景や、牧場に熊が出た時の人々の喧騒、その息遣いがリアル過ぎるくらいに文章から読み取れる。中でも裏河七郎、八郎というアイヌ人兄弟の羆との決闘、狩猟犬アンコの羆との件や、アイヌ人の桐本仙造と金毛の羆との付き合いなど、まるでその場所に居合わせたかのような物凄い世界観に一気に引き込まれてゆく。
そして月日が過ぎて、山を離れる日が来たその家族の顛末は、山で自給自足という自分たちの経済を作り上げていた人々の生活の終焉を見ているようでとても感傷的な気持ちになってしまう。自分たちの生き場を離れ、時代の渦にのみ込まれて他人の経済の中で生きてゆく。勿論、それはそれで幸せであるのだが、本当の満たされた生活(生き方)であったのだろうか。
ふとそんな気持ちになり、我ら現代人へ何かを問い質すようなかたちで物語は終わる。
総括
私は高度成長を遂げた日本で何不自由なく育った第二次ベビーブームど真ん中の世代である。
なんでもあって、なんでも手に入る、そんな時代で育った私は自分の知恵と労力で道を切り拓いていくということに無頓着であり、またその必要に駆られることもなかったのかもしれない。そんな現代人(私)がなんとなく過ごしてきた生活の末に「サバイバル登山」というセンセーショナルな自然回帰的な行動に心打たれたのである。
そしてそれは、より豊かで持続可能な生活や文化を目指すための意識的な行動であり、まさに今野保さんが生きてきた日高のあの時代そのものだったのだ。
その真意に辿り着くまでゆうに2年強もの月日が過ぎ、同時に我が肉体も衰えていると思うと…なんと勿体ない(遠回り?)ことをしたのであろうか。
本書読了後、改めて「秘境釣行記」を読んでいる。あの時とは違う自分が、そして本書を読んで若き頃の保氏はじめユニークな登場人物たちを知っている私が、日高山脈の山渓で繰り広げる様々な物語(生き方)に心を躍らせている最中である。
いやはや、なんという素晴らしい物語に出会ったものか…服部文祥先生には大感謝である。
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