【タイトル】エスキモーになった日本人
【著者】大島育雄
【出版社】文藝春秋(1989.08.01.発売)
大島育雄さんの名前は北極関連の書籍でよく出てくる。記憶が曖昧であるが、角幡雄介さんの極夜行を読んだとき、世界最北の村であるシオラパルクを知り、その村に一人の日本人が住んでいることを知った。他、北極男 荻田泰永さん、犬橇探検家 故山崎哲秀さんの本にも度々登場する方で、25歳の時に植村直己さんを追いかけシオラパルクへ渡り、そのまま現地女性(アンナさん)と結婚、子宝にも恵まれエスキモーとしてかの地に永住してしまったという、言うなれば極北のレジェンドである。
そんな大島さんがどのようにしてグリーンランドへ行く事となり、またその道中にどんな事象があり、延いてはシオラパルクに永住するに至ったか、レジェンドのその反省を事細かく記録している名著であると思う。
「生きている」という実感を随所で感じられる…そんな場所であったのでは
最初に、滞在するための糧となった「エスキモー民具」の収集は、大島さんの極北に対する好奇心があってこそ、大島さんにとっては願ったり叶ったりの仕事であったのであろう。言語の取得は言わずもがな、先ずはエスキモーの生活技術を体現し、その生活の中で使われる道具を理解するという知的好奇心をくすぐる環境は、大島さんが現地のエスキモー達に受け入れられるまでそう時間は掛からなかったのであろう。また先にシオラパルクへ渡っていた植村さんの圧倒的な行動力も呼び水となったのではないだろうか。そんな大島さんを取り巻くシオラパルクの愉快な仲間たちとの生活(極地での生き様)は、現代の社会に生きる平和ボケした我々にとって、とても痛快である。
本書では字列だけの(眠たい…)解説ではなく、様々な生活技術を可愛いイラストと写真で紹介しており、先述の角幡さんや荻野さんの著書などで出てきた(なかなかイメージしづらい)エスキモー文化、言葉や道具なども判り易く解説してあり、極北の参考書といっても過言ではないだろうか。
古くからエスキモーたちに伝わる伝説・伝承ものの話は日常生活や人々の精神性を描いた教訓が散りばめられ、まるで極北版イソップ寓話集の様で面白い。
大自然のなかで日々忙しく生活(生きること)に追われる大島さんは充実した人生を謳歌している。しかし、その憧れのエスキモー達はその本当の豊かな生活を手放し、現代の生活を求め、彼らの続けてきた文化に大きな変化が訪れているという。ここでも先進国ばかりが快適な生活を享受し、その反動となる環境への負荷は極地に住むものたちが押し付けられている構図がある。
本書の最後では、急速に押し寄せる「文明」に対する危うさを大島さんは危惧する。そこには(元)先進国の人間が環境破壊を声高々に叫ぶのではなく、一人の極地(大自然)に暮らす人間(エスキモー)として、我々に本当の自然との向き合い方を、生きることの豊かさを提示しているのだと私は思った。
総括
本書は現在廃盤となっており、本屋などで購入は難しいようであるが、私は図書館の蔵書から借りることが出来たので、ぜひどこかで一読頂きたい。
大島さんは今、70代後半と思われるが、時々メディアでもその元気な様子を窺うことが出来る、正に生きるレジェンドである。(先日、朝日新聞にて大島さんを取り上げた記事があったが、日本に帰るのはこれが最後の様である。長男ヒロシさんは立派にエスキモーとして現地の若者たちと狩猟などをして生きているとのこと。)
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